WITH

ホリエモンWITH 技術も教育も真っ直ぐで!ミリ波を操り世界最速のデータ通信を実現「デジタルのためのアナログ」を熟知する男、東京工業大学教授・松澤昭

DSC_8795

松澤昭(Akira Matsuzawa)
1978年 東北大学大学院 工学研究科電子工学専攻 修士課程終了。同年松下電器産業に入社。  以来、半導体研究所、中央研究所、半導体研究センター、 半導体開発本部などで、超高速A/D変換器、液晶ドライバー、 DVD用デジタルリードチャネル、機能イメージセンサー、微細CMOSなどのデバイス開発、ローパワー回路技術の開発、SRAM、I/Oセルなどのデジタルライブラリ技術の開発などに従事。  ・工学博士(’97,東北大学)  ・1998年より 半導体先行開発センターGM(部長職)  ・IEEE Fellow(`02)  ・2003年4月より東京工業大学・大学院理工学研究科・電子物理工学専攻 教授。

「僕は50になったら会社を出ますから」。心に決めていた大企業からの転身。

堀江貴文(以下、堀江) 今日はよろしくお願いします。

松澤昭(以下、松澤) よろしくお願いします。

堀江 教授は東工大の前は25年ぐらいパナソニックにいらっしゃったんですよね。企業から大学に来られるっていうのはどんな感じなんですか?

松澤 そうですね。会社ってだいたい40代ぐらいまでは結構面白いんですよ。でも、50を超えると結構大変で、すごく偉くなった人も大変だし、窓際っていう人も大変で。先輩をずっと見てきて「自分の人生はそういう会社勤めでずっといいのだろうか」と。それで会社の上の人には「僕は50になったら会社出ますから」って1年前くらいから言ってたんですね。辞めた後は「ベンチャー会社か、大学の先生でもやろうかなあ」なんて考えていたんですけども。

大学の研究室は中小企業のようなもので、私はそこのおやじですね。自分で研究費などを取ってきて、スタッフを雇い、研究設備を構築し、学生を集め、アイデアを出して研究成果を上げて、それを信用にして更に研究を進める。そのような活動を通じて学生が育って、社会で活躍していくといった感じで、結構気に入っています。若い人と接しているというのは年寄りには最高ですね。師匠と言われて慕われるので、頑張らなくてはと思ってやっています。

堀江 教授は大学側からスカウトされたんですか?

松澤 基本的にはそうですね。僕が来たのは2003年ですから、もう10年以上も前の話になるんですけど、その時って集積回路とか半導体、そういうのが大学では弱かったんです。

堀江 そうなんですか。産業主導で始まったんですね。

松澤 そう、産業主導でね。実は半導体の工場って1000億ぐらいかかるんですよ。それと同じものを大学は持てないので、日本の場合はその分野がすごく遅れていたんです。当時、大学でクリーンルーム持ってるって言ったら、日本だと東北大と広島大くらいしかなくて。それも結局、技術の進歩が激しいからすぐ陳腐化したりしてね。大学では半導体工場を持たなくても会社に試作を頼む仕組みがあれば、集積回路の設計はできるんですが、1995年まで日本にはそんなしくみが無かったのです。

DSC_8737

堀江 企業ではやってたんですか?

松澤 企業ではやってます。アメリカはそれを全体の組織を作って、大学でもある程度出来るようにしちゃったんです。それで日本の大学とかなり差がついてきてしまった。そういうこともあって「なんとかしなきゃ」ってなった時、実は大学に先生がいなかったんです。じゃあ企業で頑張ってる人をある程度スカウトしようと。だから、ある時期、企業から大学の先生になった人が結構出たんですよ。

堀江 半導体の分野で。

松澤 ええ。今は全然そんなことないですけどね。もう半導体弱くなっちゃったんで。今はバイオ系とかエネルギーとか、そっちの先生を欲しいんじゃないかな。

堀江 学生の人気を維持するためにとか、そういうのもあるんですか?

松澤 学生人気と、大学のステータスは考えてると思います。例えば、東大でも「役に立たない学問ばっかりで、あんなもん要らない」とか言われるかもしれない。でも、何かをリードするような大学でありたいっていうのはどの大学もどこかあるんですよ。

堀江 それで来られたんですね。確かに日本の半導体産業は微妙なことになっちゃった…。

松澤 もうほとんど崩壊ですね。

堀江 あれは、やっぱり方向性を見誤ったみたいな感じなんですか?

松澤 方向性誤ったということと、半導体のビジネスというものが分かってなかったんじゃないかなと。基本的に半導体は、家電系の製品に入ってるんですよ。例えば、デジタルテレビとかDVDとかデジカメとか。そういう製品にシステムLSIやいろんなものがごちゃ混ぜに入ってるんです。今はWindowsベースのOSのソフトウェアを使用するんですが、画像処理などは当時はそれを専用でやった方が安くできた。

堀江 安くできたってことなんですね。

松澤 家電系のチップと、こういうパソコン、特にインテルなんかとは価格帯が違うんですが、安くできるので大量に出ることを目指してやってたんですね。

堀江 でも、そういうふうにやっていたなら、モバイル用の、例えばクアルコムでやってるようなチップだって作れたんじゃないですか?

DSC_8742

松澤 作れたと思います。なんだろうな……さっきのビジネスモデルがおかしいと言ったのは、日本の半導体メーカーって基本的にはパナソニックだったらパナソニックの、ソニーだったらソニーの製品のためのLSIを作ってるんですよ。

堀江 自分のところの製品のためのLSI。

松澤 だから、外に売るっていう発想があまりなくて。クアルコムとかああいう汎用的なチップって、完全に外のお客さん用にワールドワイドに売ってくっていうモデルじゃないですか。それが日本メーカーは取れなかったんですよ。そういうモデルを。

堀江 垂直統合しちゃって。

松澤 部品からシステムまで統合してね。それはいいんだけれど、システムって1社でそんなに市場ってないわけです。

堀江 だけど、アップルみたいなやり方もあるわけですよね。アップルもずっと前から垂直統合の会社ですけど、ついにiPhoneで大成功しちゃった。

松澤 そうですね。もちろんiPhoneのレベルだったら技術的には作れたんだけれども、じゃ結局それがワールドワイドに売れるのかっていう問題ですよね。

堀江 どちらかと言うと別のところ、ブランディングとかトップの決断とかデザイン性とか、そういったところなんでしょうね。おそらくソニー、パナソニックレベルであれば、アップルと同じことができたんじゃないかと思いますし。

松澤 結局ワールドワイドのブランディングというか、ソニーのウォークマンがなぜ売れたかと同じで、一種のカルチャーを作る必要があって、そのカルチャーが作れなくてプロダクトのままだったんですね。

堀江 カルチャーも作れたんじゃないですか、ソニーだったら。

松澤 というか、ソニーは作ってきたんですよね。だから、やろうと思ったらできたと思いますよ。アップルだって本当はソニーが欲しかったんですよ。だから、それができないことはないんですよね。日本メーカーは今、ガラパゴスとか言われてますけど、ソニーだってサンヨーだって、最初、国内の市場がなかったから、戦後はアメリカとかヨーロッパとか行って売ってきたんですから。

堀江 国内の市場がある程度成熟していっちゃったもんだから、中途半端な形になってしまったんですね。

松澤 要は「そこそこ」ってやつですよね。そこそこあるから、あえて外に行く必要ある?みたいな。

堀江 それ、分かりますね。

松澤 だから昔のソニーなんて日本でも有名でもなかったし、新興だから流通チャネルも持ってないからって結局外国に売らなくちゃならなかった。仕方ないからって。でも、逆にそれでよかったわけですよね。そっちの方でブランドがグーッと上がったから。

堀江 今のサムスンみたいなものですよね。実は、今気に入っているソニーのカメラがあるんですよ。本当にこれなんか久しぶりにソニーらしい製品だなと思って。

松澤 スマホにつなげるやつ?

 

続きは本日配信のメルマガでご覧いただけます。
登録はコチラ

 

Photograph=柚木大介  Text/Edit=伊藤龍介 Transcription=logo-01