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ホリエモンWITH Windows隆興の礎を作った伝説の日本人。マイクロソフトを支えた天才プログラマー 中島聡 前編 1/4

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中島聡(Satoshi Nakajima)
1960年、東京生まれ、早稲田大学大学院理工学研究科卒業。UIEvolution Inc.のファウンダー。 マイクロソフトでWindows95、Windows98、Internet Explorer 3.0/4.0のチーフアーキテクトなどを務めた。現在シアトル在住。

成毛、古川、西……そして中島。日本のIT創世記の半分はこの男たちの物語だった。

堀江貴文(以下、堀江) 今日はよろしくお願いします。

中島聡氏(以下、中島) こちらこそ、一度ぜひお話をしたかったので。

堀江 僕も以前、中島さんのメルマガをすすめられて、ずっと購読してるですけど、是非お話したかったんです。

中島 ありがとうございます。

堀江 NewsPicks–というアプリのアドバイザーをやっていて、今、それの有料コンテンツで、アスキーマイクロソフト創業の方にいろいろ話を聞こうっていうのをやってるんですよ。僕が成毛古川西。この3人に連続インタビューをするっていうのをやってみたくて。そこで中島さんの名前がたくさん出てくるんですよね。

中島 面白いですね。じゃあ、なんでも聞いてください。

堀江 はい。つい最近、西さんとこに行って全員終わったんですけど。

中島 西さんどうですか、最近。

堀江 元気でしたよ。なんかいろんなことやりたいって言ってましたね。「今度、投資関係やるから話聞いてくれる?」なんて言ってましたけど。それで「成毛とか古川の話とか、信じちゃだめだぞ」って。みんな言ってることが違うんですよね(笑)

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中島 面白いですね。私からすると、西さんが一番掴みにくかったですよ。

堀江 僕、思ったんですけど、西さんってやっぱりぶっ飛んでるんじゃないんですか。

中島 そうでしょうね。古川さんと成毛さんの良さって、割と説明しやすいんですよ。だけど、西さんの良さって、わけわかんないんだけど、あの当時にその辺のおやじとか、たらし込むのはものすごい上手だったんですよ。

堀江 ははは。

中島 たらし込むって言い方も悪いですけど、そういう、人を説得するって言うんですか。そういった能力がズバ抜けていましたよね。成毛さんはすごいセールスマンなんですけど、西さんは本当にたらし込んじゃうんですよ。惚れさせちゃう。それは、どう真似していいか分からない存在でしたね、ひょっとしたら、ちょっと異次元なのかもしれないですよ、あの人。

堀江 いつ頃からお付き合いあるんですか?

中島 高校の時だから僕が17か18の頃。最初にアスキーに行った日に、西さん、そこで寝てましたから、ずーっと(笑)

堀江 ははは。そうか、高校生だったんですね。

中島 付属だったので、割とあまり学校は苦労していなかったので。

堀江 TK-80とかってなかったでしたっけ?

中島 TK-80でプログラム書き始めて、アスキーの記事を見て、俺も記事書きたいと思って乗り込んで行ったんです。

堀江 すごいですね。

中島 ぶっつけで行ったんですよ。最初にI/Oっていう雑誌があったの知ってます?記事書いてI/Oに送ったら、1ヶ月経っても何の返事もないのでボツにされたと思って。実際は1年後ぐらいに載ったんですけど、やっぱり送るだけでは駄目だと思って、アスキーにピンポンって訪ねたんですね。「記事書いたから載せて」って。

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堀江 どんな記事書いたんですか?

中島 その時は、アセンブラを作ったんですよ。

堀江 TK-80用のアセンブラ作ったんですね。

中島 アセンブラ作って持って行って、「載せてくれ」って言ったら、「アセンブラは来週号に載るから」って。「じゃあ、ディスアセンブラ作ってくるから」って言って、次の週にディスアセンブラ持って行って載せてもらったみたいな。

堀江 へぇ、早いですね。

中島 それだけは得意で、今でも早いですよ。それでアスキーでコンパイラも作ったんですよ。ゲームコンパイラっていうのを。それは結構評判でした。見開きの下半分に載るぐらいでソースコードは短いんですけど。それで自分自身をコンパイルして、インテルのインストラクションに変えてっていう。それも高校の時かな。

堀江 それは雇いたくなりますね。

中島 ちゃんとした勉強していないので、そういうことやっていたんですよ。コンパイラのコの字も知らないで。今の人たちって、コンパイラ作ろうと思ったら、まず本を買って、コンパイラのやり方とかを勉強するじゃないですか。そういうのも知らないから。それで作ったんです。ワンパスもツーパスも知らずに。

堀江 アセンブラを作るっていうモチベーションはどこから湧いてくるんですか?

中島 開発環境が欲しかったんです。まずTK-80を手に入れて、アセンブラで書くと。

堀江 マシン語を手でピピピッて。

中島 手でやるの大変じゃないですか。間違えるとそこで走んなくなっちゃって。だからまずは開発ツールを作らなくちゃってことで、アセンブラ、ディスアセンブラ、エディター、それから簡単なデータベースとか。それからコンパイラとかそういうの作って。

堀江 自分用に作ったんですね。

中島 それをアスキーの記事にしたわけです。未だにどっちかっていうと、システム屋なんですよ。開発環境とかOSとか、そういうのが大好きで。自分がユーザーだとうまくいきますよね。