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受刑者放水死事件のこと

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アメブロアーカイブ, 政治・経済

一審破棄、看守2人改めて有罪 受刑者放水死事件

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数日前に危険運転致死傷罪のことについて、刑罰のバランスがとれていないという話を書きましたが、その点において、非常にアンバランスだと思われる事例が、ちょうど昨日ありましたので、紹介します。

名古屋の刑務所で看守が受刑者のケツに消防ホースで水をかけて、肛門を損傷させて、死に至らしめたとされている事件。二審も有罪でしたが、なんと執行猶予がついています。

刑法しらべてみました。

特別公務員暴行陵虐は、七年以下の懲役です。傷害罪の約半分です。危険運転致死傷罪の1/3の量刑です。特別公務員職権濫用等致死傷になると、それよりも重い罪と書かれていますが、無期懲役とか死刑はありません。

故意で人を傷つけ、その結果死亡してしまった、という傷害致死罪では、3年以上20年以下の懲役です。重さが違います。

被害者(遺族)の声が刑罰を重くする方向に向かっているという状況を象徴する出来事かと思います。

受刑者そのものに同情する余地が少ないと世間が考えがちであることも、影響しているでしょう。遺族もあまり表立って批判しづらいというのもあるのかもしれません。いわゆる日弁連のような組織くらいしか、この受刑者が受けた仕打ちに対する刑罰としては、ほかの刑罰と比べて不当に軽いなどと、批判することはないでしょうね。

そもそも、光市事件のように、弁護団(そのものの手法が、強引なものであろうとも)が社会的批判を浴びてしまうような世の中です(どんな凶悪犯罪者と目される容疑者であろうが、冤罪の危険があるということで、誰もが弁護を受ける権利を得ているこの世の中は、数々の冤罪被害者である先人の死屍累々の上に築かれているのにね)。

まあ、ともかく前にも書いたとおり、刑罰は公平性が保たれていないといけないし、加害者・被害者どちらかの一方の言い分だけを聞いて法令を作り直すというのはしてはならないことです。危険運転致死傷罪にしても、特別公務員暴行陵辱罪にしても、あまりなじみはないかもしれませんが、量刑のバランスが壊れていると、私は思うんですよね。

あと、マスコミの扱いも全然違いますよね。名古屋の事件の件、知ってる人かなり少ないと思いますよ。

英語の公用語の話では、議論は平行線になってしまいがち、というコメントが現実を表していると思いますね。日本語もうまくできない人がおおいのに・・・とかね。でも、うまくできてないって思われている人は、英語を公用語にしようが、すまいが、うまくできてないって思われるし、英語が公用語になろうが、日本語の文化が失われたり、アイデンティティがどうの、って話にはならないと思うんですよね。

むしろ、janglishみたいなものが、もっと発達して世界に輸出されたりするようになると思うし、文化も化学反応を起こして、もっと豊かになるんじゃないですかね。そもそも、昔は知識人の間では漢籍が必須だったわけだし、文字のコミュニケーションに限って言えば中国語は公用語みたいなものだったわけですからね。

日本から出ることがないから、という人は直接影響はないかもしれませんが、日本の人が英語うまくなってもっと経済や政治の世界で影響力が強まれば、間接的にその恩恵を受けることになるかもしれません。

子音の微妙な発音の差の聞き分けなんて、私はどーでもいいと思いますけどね。

話は、ちょっとそれるかもしれませんが、私の出身地のあたりは、日本語のアクセントで単語の区別ができません。いわゆる標準語では、同じ「ハシ」でも、端と橋と箸で、アクセントが違うことは知っていますが、未だに区別がつきません。

「そんなの文脈で分かるでしょ~」と思いますし、実際私の出身地のあたりではそれで不便はありません。が、いちいち指摘されて、正直うざかったです。

それより、違う言語同士のいわば、緩衝材というか、翻訳機の役割を果たしてくれる英語は、やはり便利な言葉だと思います。

追記:なんか、公用語の話もしかしたら勘違いしてる人いると思うんだけど、英語の公用語化ってのは、もちろん日本語も公用語で、英語も同じレベルで公用語にするってこと。つまり二ヶ国語が並存するって形を、考えたらどうなるだろう?って提案です。