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「ホリエモンの錬金術」サイト批評2

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やっぱり、このエントリ書いたら反論が少しきたな。。。ということで、実際のところ、いくら真実と私が言った所で証拠を見せろ!みたいな話になるので、随分前のことだし、調べなければいけないことも沢山ありますので、今までこのエントリを書くのを躊躇っていました。反論はしたかったのだが、ライブドア在職時は忙しすぎてそれどころじゃなかったし。

今はやっぱり逮捕・起訴されて、自分なりに落ち込んでいたのもあるし、こうやってブログかけるようになるまで2年以上かかったわけです。でも、大丈夫です。がんばって間違っているところは間違っていると指摘します。守るべきものも別にないしね>自分。

で、まず私の株式の売却状況についてなんですけど、上場後二千数百万を除いて2年以上、野村證券での簿価上げクロス取引のついでで6億円弱を売却するまで、自社株を売らなかったのは事実です。それを「疑問だ」と言われても、それこそ、なんで疑問に思われるか、私が不思議なくらいです。

大体、上場企業の経営者というものは、常にインサイダー情報を抱えているので、自己保有の自社株を売れる機会は非常に少ないのです。しかもライブドアのように頻繁に買収をしている会社は特にです。

上記の売却状況は、2006年に国税の修正申告(還付)をしたときに全部調べて提出しました。2005年度の140億円のライブドア株売却に絡んで確定申告をしたのですが、その申告をしてくれたゼネラルコンサルティングファームの税理士が5千万円ほど多く申告しているのを今の顧問税理士が発見してくれたからです。要はライブドア株式の平均取得価格を算出するために、株の移動を全部調べる必然性があったのです。

ライブドア(旧オンザエッヂ)が上場した2000年4月6日は、東京市場のネットバブルがはじけた日でした。光通信やソフトバンク株が大暴落し、不幸にもそのタイミングで上場したオンザエッヂは、初日600万円の公募価格に対して値が付かず、次の日やっと460万円くらいで約定が成立しました。その後560万円くらいまで上昇するのですが、投資子会社キャピタリスタ(その後のライブドアファイナンス)を設立するとのニュースで、株式が急落しました。

ネットバブルがはじけたのに、なぜ投資なんだ?という市場の当然の反応だったと思います。実は私は設立に反対しました。が、押し切られたのは代表取締役だった私の責任でしょう。なぜ、そうなったかといえば、国際証券から宮内さんが上場準備のために故野口さんを、そこの社長にするという条件で引き抜いたからです。しかもライブドア以外からも出資を募るということを構想していたようですが、それは私が強く制止しました。彼らももしかしたら、その投資会社を上場させようと目論んでいたのかもしれません。

それに反対すると、上場に関わった宮内・野口・中村などのスタッフが全員辞職してしまう可能性があり、上場企業としてのライブドアの情報開示などが回らなくなる可能性がありました。ですから、渋々100%子会社という条件で認めたわけです。

そして、その後株価は暴落していきました。もちろんネットバブルがはじけたこともありますし、それによって上場後初の決算は赤字になる見込みでしたので、そのせいもあるとは思いますが、出来高もそれなりに出来ていて、理由が分かりませんでした。

そしたら、日興証券経由で大株主のAさんが市場で売っていることが発覚したのです。ですので、慌てて彼に連絡して、大量保有報告書の提出などの事務作業を中村さんが行ったわけです。ただ、彼が売るのは自由ですから、結局止められず彼が全部売り切るまで株価は暴落を続けました。その後、1日出来高がゼロという日もあり、ネット業界の景気が持ち直してきて、ライブドア自体もリンドウズやら2001年の黒字決算など好材料が出始めて、10分割で株も買いやすくなり出来高が戻ってくるまで、まとめて売って株価が暴落しないような状況になるまで、4年かかりました。

2千数百万の株式売却は銀行住宅ローンのうち、無担保部分の返済のためです。私は住宅買わない派であることは皆さん承知のとおりですが、結婚をして強く住宅の購入を求められたため、渋々購入したわけです。ですから離婚後すぐに売却しています。頭金を払うだけの財力も無く、フルローンでした。
(何せ、交際費原則ゼロの会社でしたから、接待も社内飲み会も全部自腹です。年収3000万の私でしたが、実質実入りは1500万円。交際費などを考えるとほとんどお金は手元に残りません)

「堀江貴文のカンタン!儲かる会社の作り方」の初版と重版で一部内容が削除されているのは、オンザエッヂ(ライブドア)との関わりなどを書かないでくれ等という元共同経営者のA氏からの強いクレームの為です。私に都合が悪いことを書いていたからというわけでは一切ありません。ただ、そこを突かれて邪知されたのは想定外でした。

A氏親子とのやり取りは、すべて宮内氏と中村氏に任せていました。私と彼らの間には感情的なしこりがあったためです。ですので、当時の経緯は逮捕時くらいの時には忘れていましたが、上場時の大量保有報告書には、2億6千万のA氏からのローンを受け、株を買い取っていることになっています。私は宮内氏から、A氏がA氏の娘に2億6千万支払ったと聞いていましたが、どうも実際には野村の簿価上げクロスの時に、私から直接支払われたようです。そのときには5億程度支払ったはずです。それは利息分も含めてという事でした。というのも、上場後株価が上がらなかったので、私は株を売って借金を返済できず、2回もロールオーバーしてもらったからです。

A氏の残りの株は光通信キャピタルと大和証券SBCMに譲渡されました。WさんとKさんに株主割当増資分が行かなかったのは単純に彼らに財力が無かったからではないでしょうか?その辺は私も詳しくないので、ちょっと調べて別の機会に発表したいと思います。

ま、正直言って上場前夜は株の動きなんかに関わりあっている余裕はなく、上場の方針をめぐって10人くらいの社員が辞めたりと、本業の世話のほうに掛かりっきりでしたし、プライベートでも精神的に参っていましたからね。。しかも、まだ当時は自分でプログラミングもサーバの運用もやってたので、24時間心の休まる時間が全くありませんでした。ネット広告配信サーバとか夜中落ちると、あの寒くて乾燥しまくりのウェブアリーナというデータセンターに独りで数時間篭りっきりとかそういう感じでしたから。

結局140億のライブドア株式売却まで、私の懐事情はお寒い限りだったのです。ま、アレにしたってライブドアファイナンスから、「社長の株売ってファンド作って下さいよ~、投資して成功報酬+管理報酬ほしいから」という強い要望に従って売っただけですし、実際に数十億はライブドアファイナンスのファンドに投資をしたわけです。私としては借金返済を除き、会社辞めるまで株は売るつもりは無かったんですけどね。んで、投資資金のうちの大半は結局私の夢である宇宙開発事業(飛行機も含む)に投資されています。

普段使っている金のほとんどは、飲食費くらいのものでした。でも拝金主義者っていわれちゃうんだよなあ・・・・どうしてだろ。。。

まだまだ、補足説明は沢山ありますので、続きは次回に。

追記:共同経営者だったA氏は持ち株のすべてを私に一株300万で私に全部売り渡しました。売買代金は3.6億になりました。が、そのうち1.2億分は光通信キャピタルと大和証券SBCMに私から売り渡しましたので、実質2.4億がA氏からの買取価格になります。それをA氏の父親から借り入れた形式になりました。その2年後に持ち株を売却して利子も含め5億程度を支払ったため、私としてはA氏に5億支払ったという記憶になるわけです。

追記2:そういや、持分譲渡は光通信キャピタルと大和証券SBCMに行った事を思い出しました(訂正しときました)。上場直後暴落の一因を作ったのが、光通信キャピタルが1%分の株を上場当日に全部売りに出していたことだったのです。大和証券SBCMは主幹事だったので、さすがに上場直後に売ることはしませんでしたが、VCは容赦無いですね。勉強になりました。グッコミと光通信は第三者割当増資だったから、売れなかったんですよね。たしか。