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ホリエモンWITH エンタテイメントとVRの融合を探求する。エンタテイメントシステム第一人者、神奈川工科大学准教授・白井暁彦 その1

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昨年のニコニコ超会議2に出展され話題となった「ニコニコめがね」の開発者である神奈川工科大学 白井暁彦准教授。エンタテイメントシステムの第一人者である彼にホリエモンがVRテクノロジーの今とその未来を聞き出した。


ScritterH ニコニコめがねとして話題となった映像多重化システム


Manga Generator 白井准教授指導のもと学生主体で作られたマンガ没入型エンタテイメントシステム

ホリエモンもびっくり。白井准教授のエンタテイメントな歴史

堀江貴文(以下、堀江) 白井先生のところでは多重化映像や隠蔽映像なんかを扱われてますけど、どういった経歴からVRの世界に入られたんですか?できればバックグラウンドなんかも。

白井暁彦(以下、白井) 実は大学時代に普通の会社に就職決まってたんですよ。でも、「明日から来い。大学はもう行かなくていいって」って言われてキレまして(笑)。それで大学院進学することになったんですね。先生にお願いして「バーチャルリアリティで次世代作ります」って、それから研究の道へ入って行った感じです。そして、そこで世界で注目されるような研究をやったんですね。当時はエンタテイメントシステムって言ってませんでしたけど。

堀江 それからずっと研究畑を?

白井 いえ、実は大学院を出てキヤノンに就職してます。そしたら福島工場の事務管理課とかに配属されたんですよ。研究開発で採られたのに。そこで夜中論文書きながらどうしようかなって考えてたら、グループ会社でゲームエンジニアさがしてるぞって。それで社内転職をして、イギリスにあるグループのゲームエンジンの会社に行ってからまたこういう分野に戻ってきました。

堀江 一度離れてからまたVRの世界に戻ってこられたんですね。

白井 本当は昔からゲームクリエイターなりたいと思ってたんですよ。ただ、一方で写真も好きだったんでキヤノンっていう会社受けたんです。ずっと写真やってたんですよ。東京工芸大学に入って、そこで表現するとか人の心が動くみたいなものをどうやったら作れるか、みたいなのをものすごいストイックにやってました。

堀江 そうなんですか、そんな時代があったんですか。

白井 大学ではすごい硬派な部活にも入ってました。フォトショップ使ってレタッチしたら破門になるくらい硬派な写真部。でも、数年後見に行ったら、時代が変わっていて、大判プリンタで印刷したものを写真と呼んでましたけど(笑)。

堀江 ハハハ。

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白井 まあ淡い青春の一ページですけど。大学生協作ったり、ファーストクラスとかSNS立ち上げたとか、そういうことも経験しています。

堀江 ファーストクラスってBBSの?懐かしい。あれよかったですよね、作り込まれてて。

白井 そうですね。SNSっていう言葉もない時代でしたが、元々大学内にネットを使える場所がなかったというのもあって、ネットの中で繋がりを作れるようなコミュニティとして立ち上げたんです。お金は入ってこなかったんですが、人の輪をすごく大きくできた。そのおかげで結婚した人もいますし。

堀江 へー。

白井 で、発信したり表現するっていうことで人の心が動かせたり、自分たちで自分の生活をよくできる、といったことを大学の中で経験したんですね。ベンチャービジネスみたいなものをけっこう早い段階で学ばせてもらったと。

堀江 それから起業するっていうふうにいかなかったんですね。

白井 そうなんですね。それが堀江さんとの大きな違いかもしれないですけど。ゲームクリエイターになりたいっていうのもあったし。実際、大学生だった時にもほぼ自営で食って学費を払っていた状態なので起業できたと思うんですが、ただやっぱり産業の中でMRとか言われるとかっこいいわけですよ。やりたいなって。

堀江 それっていつ頃の話ですか?

白井 98年くらいですね。

堀江 僕が会社作ってしばらくした頃ですね。

白井 でも、思い起こすと何回かチャンスはありました。ファーストクラスとかSNS立ち上げた時代とか、メディアアートの世界だとICCの立ち上げを手伝っていた時代とか。パトロンがいれば変わってたかもしれないですね。そこで2千万くらいドーンと出してくれる人がいたら、多分堀江さんみたいに社長してたと思います。

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堀江 僕は自分で見つけましたけどね。貯蓄とかもなかったんですけど。ハハハハ。自己資金ゼロでしたからね。

白井 それが正しいですよね。

堀江 ところで、MRってあのMRなんですか。

白井 メディカルの方じゃなく、「ミックスドリアリティ」のMRですね。で、実際にいってみたら「有名大学の学生しかここには入れない」とか言われて。「ええー」って。そこでキヤノンの福島工場に。

堀江 そんなこと言われるんですか。すごいですね。

白井 そうそう、そうですよね。でも「嫌なら辞めてもらっても」みたいな感じで結局…。

堀江 えーー。僕ならキレてますよ。

白井 でも、一つ面白い話があって、工場の中に下請けさんのラインがあって、そこで奉公にだされていたのですが、リーダーの方がプロの競馬師で。その方が「絶対勝てるアルゴリズムを言うので瞬時に計算する方法を教えてくれ」って持ちかけられたんです。

堀江 ソフトウェア作ったんですか。

白井 作りましたね。ザウルスの表計算ソフトを使って。ある数字を入れると何を買うべきかどうかが判断できるってアルゴリズムのを。

堀江 へー。

白井 僕は「ほんまかいな」と思いながら納品したんですが、その彼はすごく満足してました。

堀江 ノンプロフィットでやったんですか。それ。

白井 ギャラ貰いましたけど。彼自身はこれがうまくいけばこれぐらい儲かるからって結構な金額くれました。

堀江 へー。どうなったんですかその後。

白井 幸せみたいですね。表ざたになったらオッズ変えられちゃうから秘密だよみたいな。

堀江 今だとIPATがあるので、そういうプログラムで自動売買できるので、未だにそれは通用するかもしれないですね。ちなみにどんな感じの内容だったんですか?

白井 当時のアルゴリズム思い出すと、「物理的にこれが買えるかどうか」っていうのもパラメーターに入ってたのが面白いところなんですよ。当時は通信取引はないので人間が全部買いに行かなきゃいけない。だから判断したときに、これは勝負をかけるべきレースか、そうでないレースかを判断するんです。そうすると全レース賭けなくてよくなるから利益が出ると。非常にささやかで牧歌的な方法なんですけど。

堀江 面白いですね。それちょっとやってみましょうか(笑)。